短文でお題攻略
記憶収納庫さまにてお題拝借
基本リク鴆。二代目は妄想の産物CP未満。
11.02.12 01-05


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この世界が俺自身/鯉伴&首無

「何とかと煙は高いところを好むんですってね」
嫌味じみた言葉にも上機嫌な主の胸の内の昂りは殺がれることなかったらしい。楽しそうに歪んだ口許は、まるで卓上に好物ばかりを並べられた誕生日の子供だ。何から食べようか。そんな優越の見える表情は、邪気がないからこそいっそ残酷にも見える。
傍らの妖怪は、小さく息を吐き出す。ゆる、とした動きに、鯉伴は伸ばした手で頼りなく浮かぶ頭部を撫でた。
「なんだ、首無は高い場所が嫌ぇかい?」
「貴方ほど好きではありませんよ」
ほんの僅か強がりを含んだ言い方に、へぇ、と鯉伴は笑った。見透かされていることも承知で、首無は足元、爪先より先の闇と同化した地表を見下ろす。ぞくぞくと背筋を震わせる、畏れにも似た高揚と相反する恐怖。
否、畏れと恐怖は共存するのだ。
それはまるで、自信の傍らにたつこの男のような存在。
「凄いと思わねぇかい?」
「……そうですね。私が人として生きていた頃には考えられない高さだ」
爪先より下は鳥さえ届かぬ無限が広がる。浮き世で散々騒ぎ立てられ、祭り上げられた無機の鉄塔は今は昼の喧騒とは一歩遠ざかって静かに空へと腕を伸ばし、その先に闇を棲みかとする妖かし二匹を宿らせている。
精々山のてっぺん杉より見た景色が最高であった人々は、自分達で鳥に勝る高さを手に入れた。これが、鯉伴の言う人の強さ、か。
そう考えた首無に、鯉伴はにやりと口角をつりあげた。ヒトよりも妖かしに近い顔で、眼下の闇に落ちた世界を見遣って。
「こっから見えるもん全部、オレのもんなんだぜ?」
そう、言って振り返った鯉伴は鉄塔の頂点で得意気に両手を広げた。先日百物語組との長い抗争を終えたばかりの男は、誇り高い笑みを浮かべて。
この国の中心の地で、広げた両手に世界が収まる。きらきらと、空の星にも劣らない街の灯りがその縁を彩る。まるで、彼が街の空となったように。
ああ、と首無は先とは異なる息を漏らした。








しあわせ仔猫/リクオ

化猫屋に用があった序でに、あの仔猫はどうしたと聞くと、今買い出しに出ていると言う。
「じきに戻ってきやすから、よろしければ待ってやってくだせぇ。今茶ァ淹れさせやすね」
そう言った頭に手拭いを巻いた威勢のいい店長にいいんだと手を振り、立ち上がった。
そうですかぁ? とそちらの方が未練ありげに言うものだから、ああと答えた此方の方は余計に吹っ切れてしまって。
「元気でやってるならそれでいいさ」
今日じゃなくても、また会える。ここに彼女がいる限りは。
仔猫特有の大きな耳に、銀色に黒い筋が入ったサバトラの髪の先には鈴付きのリボンを巻いた姿で、愛嬌のある笑みを絶やさずにくるくる働き回るから皆に可愛がられて楽しくやってるみてぇだと。
そんな風に言った彼も、まだ実際に直接あったことはないのだと言っていた。
ならばやはり、会うときは二人一緒がいい、などと。
土産話がなくたって訪れるのに理由なんか要らない義兄弟の屋敷への道を辿りながら、さてあの幸せな仔猫の名はなんだっただろうかと彼に聞いてみようか、など考えるだけで此方の方が楽しくなるようなことを、つらりと考えた。


*オフ本「風花」収録「鈴歌」後日談。




悲劇はお望みかい?/鴆と牛鬼

主に好きだと告げられたが断ってきた。
正直に告げれば、正面に座る齢千年を越える古参の妖怪は怪訝そうに眉をしかめた。
「お前は、リクオを好いているのではなかったか?」
「好きだねぇ。アンタにゃあ隠したって意味がねぇ。何にも代えられねぇくれぇ惚れてるよ」
「では何故拒むのだ」
妖怪というものは基本的に欲に忠実で我慢というものをしない。好きなものを好きといい、欲しいものには手を伸ばすことを躊躇わない。そういう生き物だ。
鴆は、片頬で皮肉げに笑った。
「オレはな、牛鬼。オレなんかを抱いて、リクオが幸せになれるたぁ到底思えねぇんだよ」
「寿命、か」
「それも、ある。多分千年生きたアンタの思考はオレにゃあ理解できねぇし、百年の半分しか生きねぇオレの考えもアンタにゃ理解できんだろう」
リクオは、オレじゃあ幸せにはならねぇよ。
独り言のように呟いたのに、牛鬼は頷かず、非難染みた視線を鴆に向けた。静かな、だが感情の籠るそれを受け止め、鴆は軽く眼を伏せる。
それきり、何も言おうとしないのに焦れたか、牛鬼が再度口を開いた。
「リクオには、」
「言ったって、判らねぇよ」
今度こそ、牛鬼は不快そうに口を曲げた。
「お前は妖怪の癖に、時折ヒトのようなことを言うのだな」
「そうか? 早死にするからじゃねぇの?」
皮肉に言い返して、からりと笑った鴆だ。
「オレじゃあ、リクオは幸せにならん。ぬらりひょんの幸せを願うあんたがそれを望むたぁ意外だ」
鴆は、挑発的に上目に牛鬼を見上げる。毒を持つゆえに危険な色を宿す瞳をすぅと細めて。
「オレは、リクオが幸せにならん生き方を選んで欲しくねぇのさ」
そう言って煽った盃にはこれ見よがしに毒羽が浮いている。
自虐もここまで来れば上等だ。
このうつけが、と呟いた言葉は、鴆の耳には届かなかった。




僕は必要でしたか?/リク鴆+猩影

「だぁかぁらぁ!」
「なんだよ今の合ってたじゃねぇか!」
「違うってば、ねぇ猩影くん」
「違わねぇよなぁ猩影!」
「どっちでもいいっす」
どっちでも、というかどうでもいい。
そんな猩影の白けきった視線もものともせず、鴆は手元のボタンに全意識を集中させて。そんな鴆を、リクオはただただ見つめて。
馬に乗りながら走り掛けて針に糸を通すさながらの緊迫感と、張りつめた空気。二人は息を飲んでいる。傍らの猩影は、欠伸混じり。
たかだか携帯電話の操作に御大層な、と思う彼を一体誰が責められよう。
(オレなんで此所に呼ばれたんだ……?)
ただ二人がいちゃつくのを見せつけられているだけの状況に溜め息を一つ。
「もういい猩影ッ、後はお前が教えろよ。リクオじゃわかんねぇ!」
「えぇ!? 絶対ェゴメンっすよ!」
「そうだよ鴆くんどういうつもりなのさ!」
「お前すぐ怒るから嫌だ!」
「先に鴆くんが逆ギレしてるじゃないか!」
「ンだと!?」
(帰りてー……)
今ほどぬらりひょんの畏れが欲しいと思った瞬間はなかった。




触れたいと思うのはいつだって君/リク鴆

「ヒィッ!」
息を吸うような悲鳴が細く、空間を裂く。
背筋を反らして眼を見開いた鴆は反射的に後ろを振り返った。
そこには悪戯っ子の表情をしたリクオ。
「何しやがんだっ!」
首筋を押さえて、鴆。今しがた触れた氷の温度に、未だ首の後ろがざわついている。悪戯にしたってただ驚かされるより、余程心臓に悪い。
リクオはけろりと悪びれる風でもなく笑っていて。
「触っただけだろう?」
そんな風に言うから、鴆は目くじらを立てて怒鳴り声をあげる。
「嘘吐け! 氷かなんか持ってやがったろ!」
持っていない、と言うかわりにひらりと手をふったリクオだ。空の手はただ指先を真っ赤に染めて。
それを見た鴆の、顔色が変わった。
「――今の、リクオの指だってぇのか? 一体何やったんだよ」
子供体温宛らに何時だって暖かなリクオの身体である。それが鴆が悲鳴をあげるまでに冷えきっているとなれば尋常ではない。
池に落ちでもしたのかと慌てて問い掛ければ、リクオは肩を竦めた。
「雪掻きしてたら屋根から落ちた奴らがいてな。救出してたらこんなだ」
で、暖めてもらおうと思った。
そう言うのだ。鴆は眉根を寄せる。
「馬鹿、本家にゃあひーたーやら炬燵やらあんだからそっちで暖めてこいよ」
うちにあんのは精々火鉢だ、と鴆は苦い顔つき。
だがリクオは、笑むのだ。
「だから、鴆が暖めてくれよ」
請うように、告げて。鴆が拒絶できないと、知っているのだ。
「寒ぃなか来たんだぜ? だから、なぁ」
雪なんか溶けだしてしまいそうな甘い声で、鴆を誘う。
リクオの両手が鴆の頬を包んだ。
氷の温度の両手である。
「――ッッッ!!!!!」 次の瞬間、断末魔の悲鳴が上がり、隣で爆笑するリクオと併せて、一体何事かと薬鴆堂は一時騒然となった。