短文でお題攻略
記憶収納庫さまにてお題拝借
基本リク鴆。二代目は妄想の産物CP未満。
COMP!!


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日常って何だっけ?/リクオ

くあ、と出かけた欠伸を噛み殺した。
黒板に書かれた数式が最早暗号に見える。理解などとうに範疇外だ。これでは駄目だと頭を振ってみたが、それしきでは眠気は去ってはくれず、重くなるばかりの目蓋には、まるで上下に磁石でも貼られているかのようである。
普通の人を目指す身としては、居眠りだけは避けたい所。だが連日の寝不足に、優等生の肩書きを返上してしまいそうだ。
(当分は出入りとかなしがいいなぁ……)
夜はゆっくり眠りたい。妖怪相手に切った張ったなどしていては、何時まで経っても熟睡など夢のまた夢だ。
ああ、でも夜になれば己はいそいそと出掛けるだろう。たとえ出入りなどなくとも。
愛しい鳥が寂しさで死んでしまわぬよう。違う。自分が不安だからだ。あの鳥がまた倒れてはいないか。裏切られ傷ついてはいないか。心配で、心配で、彼を思うと昼のこの瞬間にも彼の元へと駆けつけたくなる。
授業をさぼるなんて、ついこの間までは絶対駄目だと、そう息巻いていた。
(一ヶ月前が懐かしいや……)
戻りたいなどとは決して思わないけれど。
鴆と出会う前、ただの中学生だった自分をちらと思い返し、リクオはまた一つ、欠伸を噛んだ。




追って 追われて 追いかけて/鯉伴と先代鴆

「なぁ鴆よ」
下がり気味の眼に甘い色香を滲ませ、猫撫で声でそう呼ばれたときは、大概ろくなことがない。肌に染みてそれを知る薬師一派の若き頭首は、じりと踵を後ろへとにじらせた。
「なんですかい? 私はもう帰るんですが」
「つれねぇこと言うなや、鴆よぅ」
一歩下がれば、同じように一歩詰められる。叶うならこのまま背を向け全速力で逃げ出したい。だがその瞬間に、それはもう半歩と踏み出さない内にこの男は自分を捉える。それは事実で、故に逃走は無意味だ。追われる瞬間と追いつかれる瞬間が一緒だなんて馬鹿らし過ぎる。
「アンタの面倒事に巻き込まれるのはいい加減御免被りたいんですがねぇ」
「まあまあ、そう逃げてくれるな」
言い様にがっちりと、何時の間にやらすぐ傍にまで近付いていた主が鴆の肩に腕を回している。
「ちぃと手伝って欲しいんだ。なぁ、頼むよ力ぁ貸してくれ。な? お前さんしか頼れる奴ぁいねぇんだよ」
無駄に顔を寄せて、下から鴆の顔を窺うのだ。
そうすればこちらが断れないと知っていて。
「――判りましたよ」
彼に心酔しきっている己は結局そう言う他に選択肢がない。
「鴆ならそう言ってくれると思ってたぜ」
「よく言う口で」
そうと決まればこっちだこっち。さっさと歩きだす主の背を追う鴆は深く嘆息を。
焦がれ、前を行くばかりの光を追いかけるのは、何時だって己の方だ。




脳髄の空腹は満たせない/ぬら牛

真っ赤な返り血を浴び、牛鬼は軽い目眩を覚えた。久しぶりの、人の血の臭いが噎せ返りそうな程に辻に充満している。妖怪を幾ら斬ってもなんとも思わないのに、相手が人だとこれだ。己が元は人であった証なのだろう。足下の死体を見おろし、感じる嫌悪感に眉を顰める。
生粋の妖怪ならば、このような無様な思いはすまい。
そんな事を考えながら踵を返す牛鬼の目前に、ぬっとぬらりひょんが顔を突き出した。今回なにもしていない彼はさぞや退屈しているのだろうと思いきや、予想に反してにやにやと口角を歪めている。
「やはりおもしろいのぅ」
「……何が、ですか」
三日月のように弧を描く対の光が、人の血に濡れる己を見つめていた。
「お主じゃ牛鬼」
つい、と伸ばされた白い指先。形のいい指がとん、と牛鬼の胸を突く。
「お主は人と妖怪との違いばかりを知りたがる」
「――ッ」
咄嗟に出かけた反論の声は、然し言葉にならない。彼の言う事が、真実であったからだ。
かつての人であった頃の記憶などとうに失せている筈なのに、己に残っているであろう人であった折りの名残を探しては、比較するのは最早性分の一つだ。
奥の歯を噛んだ牛鬼だが、主はそれを咎めるでもなく鼻先でせせら笑った。
「ワシはそんなものはどうでもいい。そんなことよりも、お主自身が気になる。お主という一人の男をもっと知りたい。人であろうが化生だろうが、そんなことは些細な事よ」
ぬらりひょんは、手を伸ばし牛鬼の頬へと飛んだ返り血を拭い取った。それを、牛鬼を見据えたまま、己の口元に運ぶ。闇に映える白銀の髪に白磁の肌。覗く舌だけが柘榴の如く、赤い。
「もっと悩め。魅せよ牛鬼。お主を見ておると退屈せんわ」
そして、からりと笑った。つい今しがた見せた、獰猛な獣の瞳を無邪気の中に隠して。
(――ああ、やはり知りたいと思う)
彼の持つ、己にないものを見つける度にその思いは一段と強くなるのだ。
この焦燥の理由が判らぬ限り、思考の貪欲が尽きる事はないのだろう。




人間という皮を被って/ぬらと狒々

「たーいしょ!」
縁側でうつらうつらと日向ぼっこをしていたぬらりひょんは、陽気な声に起こされた。
薄く片目を開ければ、狒々組の組頭が女形の面をずらし、にっこりとした顔を見せている。
「うちの組の奴らが美味い団子屋見つけたんだってよ。な、食べに行こうぜ!」
団子か。悪くない。
頭でそう思い、今度は両の眼を開けた。狒々はすっかり行く気満々で、何時もと違って旅人のような格好をしている。長い髪は頭の上でひと縛りにして垂らしており、腰に刀さえさせば風来坊の風体だ。
「ふん、お前の金子でなら行ってやってもいいぞ」
欠伸混じりにそう返せば、ぎょっと眼を見開かれる。
「がめちーよ大将! アンタこの間の出入りでいいもん獲って来てただろ」
「嫌ならワシ以外を誘え」
「アンタ以外に甘党がいねぇじゃねぇか。たまにゃあ労ってくれよ大将。この間の一番掛けの褒美に、な?」
狒々の上目遣いなど可愛くも全くなかったが、確かに先日の出入りで一番活躍したのは彼だった。労えと言われて労わないのも器の小さい話である。
「仕方がないのう」
よっこらせ、と身を起こし、そのまま沓脱石にあった草履に足をひっかける。そしてちらりと狒々を見上げた。
「行ってやるからほれ、ちゃんと化けろ。手足がそのままぞ」
ついでにその頭の面白いものも隠せ。
「はいよー」
長い爪に、獣のような爪先。一目で異形と判る風体。人のような風体を装っても、人のように甘味を好もうとも、紛れもなく彼らは闇より生じた妖怪と呼ばれる生き物。
それらを全て人のそれに取り繕い、最後に女形の面を懐にしまい、狒々はどうだと言わんばかりに、にっと笑った。




俺に居場所をくれたから 俺がお前を守るんだ/リク鴆

一人でこっそり泣いている時、見つけてくれるのは決まって彼だった。否、多分自分は無意識に、彼が見つけてくれることを想定して、泣いていたのだ。
彼なら見つけてくれる。それを期待していた。
「次期総大将がこんな所で泣いてたらかっこ悪ぃだろ」
彼がそう言って、自分の真っ赤になった目尻を擦ってくれるのが嬉しかった。
辛くて悲しくて堪らないのに、そうされるだけで胸の内に熱がともった。
「でもッ、ぼく、が……ック、人間の血がはいって……ら、総大将になれない、って!」
本家で総会が行われる度に、本家以外の妖怪達が集まってはひそひそと囁く陰口は何時だって自分の事だった。妖怪の血が薄いくせに総大将になろうなどと、と子供だから理解できないとでも思っているのか、自分が近くにいようといまいとお構いなしに言い合っては嫌な笑いを立てるのだ。
「誰だよそんな法螺ァ吹いた奴。後で腹下しの薬でも飲ませといてやるよ」
そんな中で、彼だけは「オレの大事な主を泣かす奴ぁぜってぇゆるさねぇからな」と憤ってくれた。
「だからな、リクオ。ほら、泣き止めよ」
顔を合わせる度に自分の事を未来の主だと言って、お前は次の総大将になるんだと言ってくれた。
本家の妖怪達とは違う、外にシマを持つ妖怪である彼がそう言ってくれた事が、どれだけ自分にとって自身につながったか。きっと本人はそれほどには自覚していなかっただろう。
嬉しかった。父の子であることを認められ、子であることを許されたような気がした。
彼がいなかったら、きっと自分は総大将になる事を止めたあの時から、この道に再び戻る事はなかっただろう。

「――だからな、お前はオレが守ってやるって決めてんだよ」
口の中で誓いを改めるように噛み締め、取り囲む妖怪共を強く睨んだ。
彼を守る力を強く願った。




仲間であって、親友であって、兄弟のような/遠野

「イタクッ!」
背後から飛びつかれ、首に肘がかかってぐいぐい締めあげられる。
「ぐっ…! 淡島ッしまっ…しまってる! オイッ!」
悪気も攻撃の意思も何もないと判っているが、苦しい事に変わりはない。持ち前の身のこなしで腕から抜け出せば、物足りないのか淡島は不満そうに口唇を尖らせたが、すぐにまた表情を変えた。
「おい、あの新入り、どんな感じだよ」
「――リクオか? 相変わらず全く使い物にならないな。関東ってのは思ってた以上にぬるま湯なんだな」
率直な感想を返し、肩を竦めた。先日から一人の他所者の新入りの教育係を押しつけられているが、遠野妖怪から見れば信じられないほどに、全てにおいて無知で、そして実戦経験がなかった。イタクがやっているのは、感覚としてはほぼ子守りに近い。あれで将来関東最大勢力奴良組の跡目を継ぐというのだから、関東の妖怪とはそんなものかとがっかりしたのも、事実。
それを聞いた淡島はふぅんと言ったが、眼だけは相変わらず好奇心に輝いて、イタクの顔をじろじろ眺めては意味深な猫科の笑みを浮かべる。
「それにしちゃあ、お前なんか楽しそうじゃねぇか」
「はぁ?」
「リクオってやつ? なんだかんだで気になるんだろ。そうじゃなきゃお前が弱い奴の面倒何時までもみるわけねえもんな」
「――そんなん、じゃ……ねぇ、よ」
意地悪な問いかけに、耐えきれず眼を逸らす。なんでもない風に装っているけれど、恐らく淡島には通じていない。
再びがっちりと首を捉えられた。男の腕力で強引に引き寄せられ、今はしなやかな筋肉が乗っているだけのだけの胸元に、頭を抱え込まれる。夜なら多少嬉しかっただろうが今は迷惑でしかない。
「お前えらい気に入ってんだなぁ。よしよしお兄さんがいっちょ力貸してやろう。な!」
「な、じゃねぇ! 余計な御世話だしお前絶対勘違いしてるし大体お前兄でも何でもねぇだろ!」
からから笑う淡島は「こまけぇ事気にしてんなって」と言って。
長年の付き合い過ぎて、思考も感情も何もかも、筒抜けすぎるのも困ったものだ。




煙草とひげ/リク鴆

自堕落に布団からのそりと上半身のみを起こし、枕元に転がしていた煙管を取り上げ、玩んでいた。特に吸いたいわけでもなく、暇つぶしの延長で火をつけたそれは、ゆるゆる細い筋を立ち燻らせるばかりで主の口を慰めることはない。
灰ばかりになったのを煙草盆にこつりとやり、さて次の葉を詰めるか否かと考えるともなしに思っていると、向こうから気忙しい足音が帰ってきた。
襖を開けた鴆は、闇に慣れた眼に映るリクオの姿に素直に眉を潜める。
「お前なぁ……暇ならいい加減起きちゃあどうだ」
いい時間だぜ、と言ちるその背は月のない漆黒。とっぷりと暮れた夜は妖怪の時間である。 リクオを見下ろし、溜め息を混ぜて起床を促す鴆だ。
「うん? ああ、戻りやがったか」
それを聞かぬふりで、暖めておいた布団へ戻るように手招けば、生真面目な表情が呆れに変わった。
「オレはもう寝るつもりはねぇぞ?」
「馬鹿。寝ろ」
また倒れるぞ。と間髪を入れず返すリクオだ。口は軽いが、今宵上らぬ月の代わりとばかりに闇に浮かんだ黄金色にも劣らぬ対の瞳は、鴆の身を真実案じていたから、鴆はほろりと片頬を崩す。
「ご心配、痛み入るね」
「冗談じゃねぇぞ」
「ああ」
知っている、と呟いた鴆は布団の傍らに膝を着く。リクオが持ち上げた掛け布団の間に素直に身を潜らせ、擦り寄る鳥の肩を包み、引き寄せた。
急患に共寝を邪魔され、今の今まで対応に奔走していた鴆の肩は冷えて硬い。硬いのは肉がないためではあるが、作り物じみたその感触にリクオは引き寄せられるように鴆の頬に己のそれをぶつけた。冬の乾燥に負ける肌がかさりと触れ合う。
「あ……」
小さく、鴆の声。
ただの呟きではないそれに視線を上げれば、鴆は幼い頃に見せた顔で眼を細くした。
「リクオ、お前朝になったら髭、あたっとけよ」
「髭?」
「生えてる。痛ぇ」
確認させるよう、鴆の手がリクオの頬を撫でた。確かにリクオ自身、今までにないざらりというのが判る。昨日は、どうだったろうか。こんな感触ではなかった気がする。
適当にそうかと言って流せばいいのか、それとも照れればいいのか判らず眉を寄せたリクオだ。既に妖怪としての成人は迎え、人としては未だ一人前には数えられない年齢である。煙管の残り香のような、甘くも苦くもない、微かな違和感。
「成長期、だもんな」
だが鴆はそう言って、嬉しそうに笑った。
ただそれだけで、後の事など全てどうでも良くなってしまうのだ。




廃屋を背に/リク鴆

これは、自分だけの特権なのだ。
鴆はそう思う。
羽化する前の蛹のように、羽織にくるまり眠るその寝顔を見つめていた。
身体中に傷を作り、土埃に汚れたまま、糸の切れた人形のように、夕食を終えると同時に眠ってしまった。その肩に上着をかけてやり、少しでも身体が休まるようにと身体を伸ばしてやる間にも、彼は目覚める事はなかった。余程疲れているのだろう。
白い頬は常よりも色を失くし、長い睫毛が濃く影を作る。薄く開いた口唇から、規則正しい寝息。それがなければ、まるで作り物のようにも見える。
まるで完成された、一つの作品のような。
(綺麗過ぎるっていうのも、現実から遠ざかっちまうもんだ)
傷がつけば価値を失くしてしまう宝石とは違う。傷すらも価値に変えてしまう。それだけの力を持っているからこそ、眠る姿でさえ綺麗だと、そう思った。
傷つき、もがきながらもその美しさはけして損なわれない。
朽ちた山小屋で過ごす夜は、これで二度目。
こんな無防備に眠る彼の姿を、誰が知っているだろう。
その頬に指を這わせた。
(本家の奴らだって、こんな寝顔を見る事はきっとねぇ……)
ならばやはり、これは自分だけのものだ。
くつりと小さな笑みを浮かべ、鴆は立ち上がった。
目覚めればまた厳しい特訓が待ち受ける彼の為に、一人先に朝の準備を始める事にした。




もう起きてもいいんじゃない?それとも起こしてあげようか /リク鴆

さて。
鴆は腕を組んだまま、その場に屈み込んだ。
傍には布団。人一人分盛り上がったそこに眠るのは鴆を本家に呼び出した張本人である。
鴆が傍に行けば気配で起きるかとも期待したのだが、目を覚ます気配は、今のところない。規則正しい寝息と、上下する布団は鴆がこの部屋に入ってから変わらなかった。
「リクオ?」
鴆は困惑気味に名を呼んだ。
どうしものか。自発的に起きるのを待てば、夜が明けてしまうかもしれない。鴆は構わないが、起きたリクオは納得しないだろう。
何でちゃんと起こさなかったと、そう言われるに決まっているのだ。
ちゃんと、と口の中で呟き、鴆はリクオの寝顔を見下ろす。
「リクオ、もういい加減にしねぇか?」
寝たふり、なんて。
どうすればいいか判らねぇよ。
何を期待しているのか判らないが、彼が本当に眠っているなら鴆はそもそもこの部屋に入ってきてはいない。本家の妖怪にリクオが寝ていることを告げ、別室で待たせてもらっている。
寝たふりを始めたのは、鴆がこの部屋の前に立つ少し前から。ならばリクオはやはり鴆に何かを期待しているのだろう。
枕元には一冊の本がこれみよがしに転がっていた。およそこの部屋でお目にかかったことのない、人間の子供用の絵草紙だ。
何でこんなものがここに、と想いながら鴆はそれを手に取り、踏んでしまわぬようにとリクオの机の上に置いた。
そしてまたリクオの眠る枕元に戻る。

リクオが焦れて起きるのが先か、自分がリクオの望むものを見つけるのが先か。
鴆は途方に暮れながらもリクオを目覚めさせる方法を探し出したのだった。
絵本の題目の意味に気付くことなく。




重なる右手左手 /ぬら牛

突然に牛鬼の滞在する屋敷に押しかけてきた主は、牛鬼に「出掛けるぞ、支度をせい」と何の脈略もなしにそう言った。
何が何やら判らないまま、だが主の言葉は絶対である。取り敢えず仮住まいのこの江戸の屋敷を一時留守にする旨だけを幼子に擬態する側近に告げ、牛鬼は門前で待つ主の元へ駆けた。
待っていたぬらりひょんは、牛鬼の顔を見上げてからりと笑う。
「おう、早かったのう。牛歩のお主にしては珍しい」
からかわれているのか本音なのか判断がつかず、はぁと曖昧に返事した牛鬼の右手が取られる。何をされるのかと見ていれば、主はそれを自身の指先と絡めて握り締めた。
「城下までいくぞ牛鬼。人だらけじゃ、迷うでないぞ」
そう言って、歩き出そうとするのに、思わず足を止める。くん、と二人の間で牛鬼の右手と、主の左手がまっすぐ伸びた。
振り返るぬらりひょん。牛鬼を見て、歩き出さないのを、不思議そうに。
「……このままで?」
「不満か?」
一歩下がったぬらりひょんが、その手を自身の視線の高さに持ち上げた。牛鬼からすればやや下で、彼の剣を握る割りには細くて綺麗な指が、自分の手をしっかりと握っている。
何が論点なのかさえ判らないといった顔で問われると、そのまま頷けない。まるで牛鬼の方が我が儘を言ったみたいで。
上手い言葉を探そうとするより、主が「ないな? 良いな?」と切り上げて再び歩き出す方が早く。
先を歩く主の足取りは軽く、楽しそうで、その表情を曇らせずにこの手をほどかせる言葉を、ついに考え出せないまま、牛鬼は城下町まで歩いていった。