短文でお題攻略
葉脈回路さまにてお題拝借
基本リク鴆。二代目は妄想の産物CP未満。
COMPLETE


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海の底から見た太陽/イタク


新入りの世話係を任されたからと言って、自身の鍛練を怠るわけにはいかない。その程度かと思われるのも癪である。リクオが洗濯だ掃除だという雑事に終われている間に、妖怪の身からして何かにとりつかれたように身体を動かした。
身体をほぐした後、近くにいた雨造相手に本気でやりあい、終いには陸じゃあ河童は不利だと川まで移動して水飛沫を撒き散らしながら技を繰り出し合った。実力が均衡しているから本気が出せる。それでつい調子に乗ってしまった。
大技を幾つも仕掛けてのそれが一段落した時には、流石に力を出しすぎいた。この後リクオの特訓につきあわなければいけないのに、と思いながらも疲労感に任せてそのまま水中に身を投げ出してしまった。別段数分位息をしなくても死ぬ身でもない。身体中の空気を吐きだして水底に沈む。熱を持った身体に流れる水の冷たさが心地良い。
「おーい生きてんのかぁ?」
「あ、雨造伸びてる……クスクス……また負けたのね」
水の流れる音に混ざって淡島や座敷わらしの声が聞こえた。
流れる水が無秩序に光を集め放つ。ゆらゆら揺れる視界。
綺麗なもんだ。晴れる日の少ない遠野だからこそ、この淡い光が美しいと思える。思っていた、その時。
「おい」
一際眩い光が差し込んだ。
「テメェ人に散々雑用押し付けやがって呑気に沈んでんじゃねえぞ」
不満を顔一杯に張り付けたリクオがいる。
揺れる視界の中でも、その顔だけははっきりと見えた。強い光が目蓋に焼き付くように、鮮烈に、意識を焦がした。




永遠に続く春/リク鴆


桜が好きだと、何の気なしに言ったのだ。それとて大した理由などもなく、ただ綺麗だからと思って。
寝床で目覚めた鴆は、痛む頭を庇いながらゆっくり寝返りを打った。貧血による倦怠感を自覚し、冷たい指先を擦りあわせる。じんわりと痺れたように感じるのは、指先にまでちゃんと血が届いていないからだ。血の巡りが悪い身体は、冬となれば一層それが悪化する。
春にでもなってくれれば、多少はましになるのだが。まだ遠い春の訪れを待ち、焦がれ吐息を零す。
もう一度寝返りを打った拍子で、視界を過ったそれに気付いた。視線を上げた鴆は、そこで眼を見開き、そしてゆっくりと頬に笑みを刻む。
枕元に置かれた、徳利にささった桜の枝。小さな花は春を先取りして薄紅に綻んでいる。
誰の差し入れかなどと詮索するまでもない。この徳利は以前本家で見た覚えがある。
――春の訪れ、か。
一体何処までこれを探しに行ってくれたのだろう。
ありがとうな、と小さく呟いた。障子の向こうに透ける影に春の礼は届いただろうか。




食事の後/リク鴆


「まるで吸血鬼の食後だな」
惨劇と称したくなるような光景に足を踏み入れた主は、そう言って笑った。平然とこの血の臭いに溢れる部屋に踏み込み、正面に膝をついて、毒まみれのオレの口を袂で拭う。
きゅうけつき、と頭の内で繰り返した。西洋の妖怪だという知識ならある。人の血を吸う妖怪だ。そんなものはこの国にもいるが、人と同じ姿で、人の首にかぶりつくというその妖怪が人を食べた時には、確かにきっと今のオレのような有様になるのだろう。
至近にあるリクオの顔を見ていられずに眼を逸らした、そこにある姿に、判っていた筈なのに息をのんだ。
自身でも抑えきれなかった毒を、まともに浴びた部下は苦悶の表情を浮かべて死んだ。掻き毟った畳がささくれ立っている。溶けかけた死体はじきに自然に還るだろうが、畳の残った痕は消えない。
己は不意に殺したのだ。仲間を。世話をしてくれていた部下を。本物の吸血鬼とて、仲間は食わないに決まっている。
崩れていく死体から視線を外せずにいると、気付いたリクオの手がオレの顎をとった。
間近で覗き込んだ月色の瞳には咎める色もなく、
獣のように血腥い口の回りを丁寧に清められ、体温をなくした口唇にそっと触れられる。暖かな舌が、ぞろりと這って毒にぴりぴりと痺れた口内に侵入した。注がれる唾液を飲み下せば、いやに甘い気がして。気のせいなのだろうけれど。
「鴆、お前はオレだけを見てりゃあそれでいい」
囁かれた言葉はやはり甘く、疑いようもない。
食後にはアマイモノと相場は決まっているのだ。




角のある鳥/2代目と先代鴆


「大将ッ!」
見つかったかと顔を上げたそこに、ただでさえ切れ長の眼を、更にキリキリつり上げた薬師が立っていた。気不味さに頭をかこうとして、腕をあげた途端に走った痛みに顔を顰める。そんな表情の僅かな変化を、その瞳は見逃さず。
更に更に冷え込んだ視線。冷たいくせに触れれば火傷しそうだ。
「アンタ内臓飛び出してたのは昨日だってぇのに何呑気にふらふら出歩いてんですかいっ!」
「寝てるのも暇だろう?」
だからほら、歩かずに乗り物に乗っていた、と最後まで言わせてくれない、オレよりもずっとずっと骨も力も細い鳥は、有無を言わずオレを鰻から引き摺り下ろした。乱暴にならないのは傷口を気遣っているからであって、怒っていないからでは断じてない。それは、握られた手首にぎりぎりと伝わってくる。謝るタイミングさえ、与えてくれない。
「馬鹿ですかいアンタ。傷が開いたら私の仕事が増えるんで勘弁しやがってもらいたいもんですが? しまいにゃあ首に縄くくりつけますぜ」
いいですかい? などと下から睨みあげるその顔は武道派の奴良組内においても一、二を争う迫力がある。
鬼もかくや、だ。これで非戦闘員だというのは勿体無い。
鴆、頭に角が見えるぜ。




あなたよりあなたをしっている/リク鴆+毛倡妓


総会のある日には本家に数多く【お土産】が持ち込まれる。
その日も多分に漏れず、日持ちしなさそうな生菓子はその日の内に消費してしまうことにした。台所回りを担当する女性の妖怪らは手分けして足の早そうな菓子を本家の妖怪達へと配り歩く。
毛倡妓も早速リクオを捕まえ、手持ちの箱をぱかりと開けて中身を見せる。
「どれがいいですか?」
夜の姿をしたリクオは差し出された箱を覗き込んだ。両手サイズの箱は、団子や餅、まんじゅうなどの詰め合わせである。全てにざっと目を通した後で、リクオはひょいひょいと箱を二ヵ所、指で示した。
「オレはこれ。あと鴆はこれな」
みたらしと、水ようかん。
体調を考慮し今日は本家で宿をとる義兄弟の分も選んでやれば、毛倡妓はあらと柳眉を持ちあげる。
「鴆様って確かおまんじゅうがお好きじゃありませんでした?」
よくお茶を出しているから知っているのであって、他意はない。リクオは割と全般的にその日の気分で選ぶが、鴆は恐らくまんじゅうだろう。そう考えて純粋に首を傾げた毛倡妓に、にぃと笑ったのはリクオである。
「ああ、でも今日はこれって言うと思うぜ?」
それがあまりに自信満々に言うものだから、それならば本人に聞いてみようというと思いたったのだった。

「オレから選んでいいのかよ? リクオはもう選んだのか?」

 客間の一室にいた鴆に同じように声をかければ、そんな風に言いながらも毛倡妓の手元を覗き込んだ。
「はい」
「ふぅん? みたらしが残ってるから未だだと思ったんだがなぁ」
さらりと言ったのは、まさにリクオが選んだ菓子。日によって選ぶ菓子が違うリクオの、その日の気分を一発で言いあてたのである。なんでもない風で。
「――因みにそれがリクオ様の予約分です」
「へぇ、何となくそんな気がしたんだ」
鴆が少し嬉しそうに笑った。
「オレはこれな」
そして指さしたのは、何時ものまんじゅう。
やっぱり、と思った毛倡妓だったが、すぐに「あ、やっぱこっちにしてくれ。悪い」とさした指を横にずらされる。そこにあるのは、水ようかん。リクオが予言したとおりの。
「おまんじゅうじゃなくてよろしいんですか?」
それでも最後の悪あがきをした毛倡妓に、鴆は口元を笑みの形にしたまま、頷いた。
「今日は何となく、な。それともこれも予約済みだったか?」
「いえいえそんな事ありません! じゃ、じゃあ私、お茶淹れてきますね……」
眉を寄せて尋ねた鴆にぶんぶんと首を振る毛倡妓。早口に言い残し、そそくさと鴆の前から立ち去るその顔を見れば、口元を盆で抑えている。
(直接的な会話一切無しでも惚気って成り立つんだわね……)
あまり知りたくもない新しい事を、一つ知った。




夢のためなら命がけ/リク鴆


「馬鹿だろお前」
心底呆れた口調で、然も上から見下ろされながら言われた鴆はただでさえつりあがっている眦を更にきりりとつり上げ、睨みあげる。
「何がだ」
「何がってなぁ……」
溜め息、そして頭をガシガシと掻き毟ったリクオは溜め息を吐く。なんだってこう、と嘆きたくなるのも仕方がないだろうと思うのだ。呆れている、というよりも寧ろ今の心境は嘆きたい気持ちである。
京都へ行く船に誰にも気付かれず乗り込んでいた鴆。聞けば、自分が出かける旨を伝えに屋敷に行った直後、取るものを取りまとめて急いで尚且つこっそり、後を追ってきたらしい。急いでいたとはいえ、気付かなかった己も己だが。
そして今、見れば鴆は喜々として京都へ降りる準備をしており、此方が何を言ったところで何も聞きいれはしないだろう。そもそも言って聞くならばここにいない。自分は確かに、彼に待っていろと告げ、彼も一度は確かにその言葉頷いていたのだから。
「鴆、お前この出入りがどんなもんか判ってんのか?」
例えば、これがシマの内部の小さな抗争だとかそんなものであれば、ここまで呆れはしなかった。百鬼夜行の後ろについていろと、前に出るなとだけ言えばそれでよかった。だが今回はそんな物の比ではない。リクオとて命がけだ。数百年の因縁。祖父の代からの敵。妖怪の自分たちが陰陽師と手を組んでまで、倒せばならない相手だ。四国妖怪とやりあった時ともケタが違う。その時でさえ、本家で待機していたくせに。
「それこそ馬鹿にすんじゃねぇぜリクオ」
リクオの内なるぼやきを悟ったのか、座っていた鴆が俄に立ち上がった。
立ち上がった鴆はリクオより僅かに背が高い。それでも視線は見上げるそれで、小さな光彩は船底の薄暗い明りの中、光を放っている。
「オレは何のためにお前と契りを交わしたと思ってんだ? 本家で薬箱やってるだけならオレじゃなくたってかまわねぇ。そうじゃねぇか」
闇に浮かぶ鴆の肌は薄白い、今にも音を立てて割れてしまいそうな薄氷の危うさ。相手を死に至らしめる、その能力には長けていても、巡る毒に侵される身体は激しい戦闘には耐えられない。
それなのに何故、こんな死地に赴く船に乗り込んだのか。
鴆の眼は揺るがない。
「お前が全ての妖怪の頂点に立つ。その時に、傍にいるためだ。それがオレの望みで、オレの夢だ。そのために懸ける命だ、そうだろう? 布団で腐らすために無様に生き永らえてんじゃねぇんだよコッチは」
馬鹿にしてるのはお前だ、と視線が告げた。
「足手纏いだってんなら置いていきな。だが、オレは絶対ぇ諦めねぇ。この命尽きようともな」
言いきる、その潔い姿。己の命さえ顧みず、ただ頭にあるのは自分のことだけなのだ。きっと。四年ぶりの再会を果たした、あの夜のように。己の部下を喪い、屋敷まで失ったくせに、妖怪の血に目覚めたリクオを見て今の姿なら、三代目を継げるんじゃあないか、と期待に満ちた眼をした時のように。自身のことよりも、ずっと、リクオのことしか見ていないのだ。
「――馬鹿だな」
底なしの。
吐息で笑い、リクオは鴆の背に腕をまわした。
「悪かったよ」
そして愛しいと思った。




自分で作った檻の中/幼リクオと鴆


(どうしよう)
丸い空を見上げて、リクオは途方に暮れていた。
周囲は湿った土の壁。青田坊がリクオの依頼で掘った落とし穴は深く、リクオの身長ではうんと手を伸ばしても、入り口には届かない。
自分で掘らせた穴に自分で落ちてしまうなんて、カッコ悪いことこの上ない。なんとか自力で脱出しようと飛んだり跳ねたり、よじ登ろうとしたりしたけれど、高い土の壁を越えることはどうしても出来なかった。
「どうしよう……」
今度は声に出して呟いた。泣きそうな声で。
高い高い空の天井。穴に落ちたのはついさっきなのに、もうずっとこうしているような気がする。そして、これからもずっと、こうであるような。
その時。雲が流れるばかりだった空が、人型に翳った。
「こんなところにいたのか」
「鴆くん!」
穴を覗き込むのは、薬師一派の【鴆】を引き継ぐ少年だ。リクオを探してくれていたようで、べそをかいているリクオに、僅かに表情を緩めた。
ほらと穴の淵に膝をついて伸ばされた手。あんなに高く、届かなかった地上。なのに彼の手を掴んだだけでひょいと簡単に出られた。
リクオはぱちりと瞬きをして、鴆を見詰める。
自分を持ち上げた鴆は、なんてことない顔で自分の服についた泥を払っているけれど。
「すごいね! 鴆くん何でも出来るね!」
「はぁ? リクオより背が高いから腕も長いだけだろ」
「でもね、ぼくがうんと手を伸ばしても届かなかったんだよ?」
「はいはい、判ったから行くぞ。皆探してたからな、説教だぜきっと」
鴆のそんな言葉も頭に入らない。
リクオはきらきらとした鴆の背中を追い掛けた。




最初の夜にあったこと/リク鴆


気配に眼を開けると、すぐ傍に端正な顔があって、どきりと寝起きの胸が大きく脈打った。
なんて心臓に悪い。
「リク、オ?」
鴆のよく知る、あどけない少年からは随分と印象の異なる、然し間違いなく己の主である、リクオは眼を醒ました鴆をまじまじと見詰め、そして大きく息を吐いた。
その、息が触れるほどに互いの距離は近い。
「死なせちまったかと思った」
「なんだそりゃ」
「お前が、起きねえから」
そう言いながら指の先で頬に触れる。その温度差に己の肌の冷たさを知った。きっと、肌の色も悪いのだろう。
表情から見るにどうも彼は真剣に、己の身を案じていたらしい。
「そこまで弱くねぇよ」
照れ隠しと判る口調でそう言い返してから、鴆はぐいとリクオの肩を押した。
そんな事よりも、あまり近付かないで欲しい。
尤も、その程度ではリクオは動じず、それどころか「どうした」と鴆の顔を覗き込むものだから堪らない。
無言の攻防の末、気を悪くした主が鴆をぐいと抱き寄せる。至近で睨まれ、喉が鳴ったのは恐怖からなどではなく。
「だからっ……」
リクオの触れた頬が、急速に熱を持つ。
「お前、今自分がどれだけ男前なのかわかってねぇだろ!」
顔を真っ赤にして叫ぶように訴えた鴆だ。瞠目したリクオだったが、一瞬の間ののちにすぐ浮かべたのは傲岸な笑み。
「じきに見慣れちまうさ」
その為にも、もっとよく顔を見ておけよ、鴆。
面白がって顔を近付けたリクオに、鴆はぎゃあと悲鳴を上げた。




ふるい、ふるい記憶だ/ぬら牛


「こんなところに居たか」
背後からかけられた声によって、闇にたゆたっていた音が途切れた。牛鬼は竜笛をそっと顔から遠ざける。
隣に遠慮ない仕草で腰掛けたのは、つい先日から自身が主と呼ぶ男だ。どうやら牛鬼を探してわざわざ宴を抜け出してきたらしく、からかうような眼で下からひょいと牛鬼を見上げる。
「お前はすぐにおらんなるのう」
「――不調法者にて」
集団で騒ぐのは得意ではないために変に絡まれる前にと部屋を出たのだが、主の気を害したかと頭を下げる。生真面目な態度に、ぬらりひょんは呵呵と笑った。
「そうかたくならんでもよい。笛の音を探すのもまた粋じゃろう」
言いながら、瓢箪を牛鬼に差し出した。
「先の出入り、一番掛けの褒美じゃ」
酒の芳香のするそれを牛鬼に持たせると、何を思ったか空になった手を牛鬼の頭へと移動して、ぐしゃぐしゃと掻き回し出した。絹糸のような髪がさらさらと指に絡み、顔や首にすべるそれに牛鬼は抗いも出来ずに小さく肩を竦めた。
戸惑いがちに見上げれば、そんな彼を見て満足そうに笑う主がいる。彼と己と、年の頃は変わらないというのにまるで童扱いだ。然し不快には思わない。寧ろ酒よりも余程得難い褒美であると感じる。
仲間に、と言われた時の言葉は今もまだ何一つ褪せることない。
目の前で主がゆるりと笑む。
「今の曲をもう一度頼む」
「御意に」
穏やかな視線を感じながら、牛鬼は歌口に口唇を寄せた。



鳥の来た道、俺達の行く道/ぬら牛



からりと笑い、彼は「迷うたわ」と牛鬼を振り返り、告げた。
清々しい五月晴れ。蒼天には高く鳶が飛んでいる。
周囲は木。道らしい道など失せて久しい山の中腹でのことであった。
「総大将……」
呆れて、溜め息を吐くことさえもう慣れてしまって。額に手を当ててぎり、と奥歯を噛んだのは迂闊に彼の爪先に舵を取らせてしまった己の失態を悔やんでのこと。
「ですから先遣りを出そうと申し上げましたのに」
面倒だと言い捨て先を歩き出した彼について来た側近らは、軒並み道ならぬ道の難関に篩にかけられ脱落していき、ついに残ったのは牛鬼のみ。そんな有り様を、もし他所の組の妖怪が見たらなんと言って笑うだろうか。主の籠りも出来ない脆弱なく身と侮るか。あるいは少数を見て好機と飛びかかるか。
どう転んでも奴良組にとっていいことなど一つもありはしない。
だというのに。頭が痛いばかりの牛鬼とは対照的なのが、晴天を気持ち良さそうに仰ぐ彼らの主である。
「ハッ。安全の約束がされた道の何が面白いものか」
先遣りなど不要。己は己が進みたい道を歩くのだ、とそんなことを、今日も確かに言っていた。
「のう、牛鬼。先に何があるか判らんから面白いのだとは思わんか? 自身で選んだのならそれが如何な獣道であろうが構わん。わしらは自由奔放が性の妖怪ぞ」
「それで迷ったのはこれで何度目ですか」
嘆く牛鬼の独り言などさらりと聞き流す。きっと本当に聞いていない。
ぬらりひょんは空を見上げてやがてうむと頷く。その視線の先には、大きく翼を広げる鳶が一羽。
「あの鳥がゆく方向には何があるのか、気にはならぬか牛鬼よ」
「なりませぬ」
即答。だが主の表情は変わらず。
「よし、あの鳥を追いかけようぞ! きっと宿場へと通じておるわ」
「…………その根拠を、お伺いしても?」
嫌な予感しかしない。それでも、尋ねねばならぬ時もあるのだ。
苦虫を百匹は噛みつぶしたかという牛鬼の渋面。端整な面持ちがすっかりと憔悴しきって、下がる肩にはまるで漬物石でも乗せられているかのようだ。
「妖怪の頂点に立つべき男の勘じゃ。きっと当たっておろう」
からからと牛鬼の杞憂を一笑し、それ追いかけろと道なき藪の中を走り出す。
だから、そんな理由で闇雲に進むから何時も何時も迷子なのだと。
牛歩と呼ばれる牛鬼の思考が叫ぶより先に、ぬらりくらりと小言をかわして先を進むはぬらりひょん。


空は五月晴れ。日暮れまでに彼らが宿を見つけられたかどうかは、先を導く鳥だけが知っている。