短文でお題攻略
葉脈回路さまにてお題拝借 COMPLETE
リク鴆以外はCPなし。二代目は妄想の産物。











壊したくなったんだ/リク鴆


壊れかけたものに何時までもしがみつくのか。そこまでする価値が果たしてあるのか。その先に何 があるのか。
ある瞬間に判らなくなって、不意にもういいか、と思った。壊れかけているなら、それはもう壊れ ていることと一緒なんじゃあないか、と。
「違うだろ」
ぐい、と思考が沼の底から引き上げられる。
咳き込んだ身体を抱きしめられて、口移しで薬を呑み込まされた。壊れかけた身体を、それでも生 に繋ぎとめるための苦く不味い液体。
冷えた身体をさする掌。ゆるりと幽鬼のように伸ばした手でその背に触れる。肩甲骨に触れて、何故か泣きそうになった。
「壊れちまったら、こうして抱き合うことだって出来ねぇんだぜ?」
触れた体温が暖かくて、心配をかけたんだとおぼろげながらに悟った。




残るのはきれいな記憶だけ/鴆


綺麗な思い出が蘇る。
「グッ……! ッ、は……」
掌に吐き出した鮮やかな赤。
内臓を溶かしだしたような血の塊を幾つも吐きだしながら、脳裏で描く姿は何時も一人の少年。無 邪気な眼ですごいね、と。何でも知ってるねと柔らかな頬で笑みを浮かべた姿。
今頃どうしているのだろうか。人の世で暮らす少年と己では、暮らす世界が違う。
早く……早く。
未だ身体に馴染まない毒が己の身を内側から蝕んでいく。想像を遥かに越えた苦しみは、このまま 死ぬのではないかと思わせる。背を丸め、止まない咳に引き攣る咽喉をぜいぜいと喘がせた。
会いたい。――未だ、会えない。
彼の助けとなるために。人の血の混じる彼が全ての妖怪を統べるその時に、彼の傍らに立つために 。その日の為に。
血だまりに爪を立て、薄っすらと笑みを浮かべた。

――己は【鴆】となる。




残念ながらタイムリミットです/先代鴆


話がある、と言った時点で、彼はもうこちらの言うことなどお見通しだった。
「死ぬか」
「ええ。倅が一人前になるまでは、と思っていやしたが」
もう限界だ、と畳に両の拳を着け、頭を下げた。
細い肩にかかる羽織が引っかかりきらずにずり落ちる。骨と皮ばかりの身体だ。身体を切れば流れるのは血とも呼べない毒の体液。
「総大将には頂いたご恩の数々、お返しも出来ず」
「いいいい。どうせお前、手前ぇの主はほれ、うちの馬鹿息子だろうが」
「――仰る通り」
顔をあげ、ほろりと苦く口の端を歪める。
忘れることなどない主の姿を瞼の裏に浮かべると、堪らなく切なくなる。己の方が先に死ぬはずだったのに、順番が入れ違ってしまった。
「寂しがりの方ですから、早く行ってさしあげねぇと」
「泣き出しちまうかい」
「泣いたら可愛げもありやしょうが」
くっと小さく笑った。意地っ張りの彼が、年下の自分に素直に涙など見せるわけがない。また、そんな彼を見たくもない。彼は全ての妖怪の頂点にいたのだから。眼の前にいる大妖怪の、その次の世代の妖怪として。
視線を外へと移した。半分開けられた障子の向こうに青空が広がる。予想外に長く生きてしまったから、退屈で仕方がない。
「そろそろ、あの方のお傍に」
時間切れだ。
身体よりも先に心が悲鳴を上げる。軋む身体を引きずり、彼のいない世に遺るのももういいだろう。
再び頭を下げる。咽喉をこみ上げる金臭い毒の匂いを嗅いだ。
やっと、もう。
我慢しなくていいのだと、幼い将来の主を直向きに見つめていた己の息子の背を思い浮かべ、笑みを浮かべた。




半径5mの日常/リク鴆


がたん、とすぐ傍で壁が音を立てた。
「チッ、狭ぇな」
「だからオレは大部屋に行くと……ぅおっ!」
彼の肘が壁に当たったのだと気付き、離れようとしたがうまくいかない。鴆は身を離そうとしたの だが、ぐいと腰を引き寄せられて咄嗟に彼の顔の隣に手をついた。
「狭ぇんだからもっとこっちに寄れよ、鴆」
船底に作られた船員の住居スペースは、その限られた空間ゆえに大部屋の他には個室は数個しかな い。その個室とて普段の部屋とは比べ物にならない。寝床などはまるで鰻のそれだ。
だから己は大部屋でいいと言ったのに。
「お前ぇをあんなとこに行かせるわけねぇだろ。寝惚けて羽でも撒き散らされちゃあたまらねぇか らな」
「バカモノ、するかよそんな真似」
「兎に角駄目だ」
言って、更にぎゅうぎゅう抱きしめられるから、諦めてリクオの胸に額を預ける。どうせここで出 て行っても大部屋に入れてもらえないに違いない。
明日。
遠野勢の視線の冷たさを想像し、ざわりと首筋を欹てた。




落下することと飛ぶことの差についての見解/トサカ丸と鴆


「鴆様ぁ」
下から掛けられた声に、鴆は視線を落とした。そのまま何も答えずにいると、三羽烏の次男は己の 翼でふわりと舞い上がると、鴆のいる木の枝まで飛び上がった。
「何やってんの。危ねぇじゃん」
「お前はどうなんだよ」
「オレは落ちねぇけどアンタは落ちるでしょうが」
フン、と鼻を鳴らし、鴆は視線を遠くへと馳せた。鴆の屋敷の樹はどれもそう高くない。だが立地 が元々上にあるため、山の麓に広がる町が一望できる。この景色は、幼いころであれば何の特別で もない景色だった。
使えない翼。飛ぶためではなく、殺すために存在するそれ。両の手と足を使ってよじ登らなければ 手に入らなくなった景色。
「オレがここで落ちたら、お前どうするんだ?」
鴆の隣に立っていたトサカ丸は、眼をぱちりと瞬いた。
「助けるけど?」
「そっか」
じゃあ、ここで羽を出して飛び降りたら? とは聞かなかった。




右手でつかめないなら左手で/鴆と猩影


「あっ、と……」
ころころと転がったそれを目で追いかけた。手を伸ばすより先に、ことんと床で跳ねた乾いた音。
ああくそ、と言ちた鴆は屈んで手を伸ばしたが、ぎりぎり、伸ばした右手の指先に触れそうで触れない。これ以上伸ばしたら肩がつるか外れる、と思うところまで伸ばしても指に僅か触れるそれを手前へと引き寄せられない。
チクショウ、とまた口の中で毒吐く。あとちょっと、と思うから伸ばした右手を戻すに戻せない。
焦れた思いを噛み締めた、その時。
「鴆様、なにやってんの?」
「ッ!!」
背後からの光がなくなったと同時、背に触れた体温に咄嗟に上げかけた悲鳴を飲み込んだ。それでも跳ねた肩は一目瞭然で、鴆の華奢な身体をすっぽりと覆い包む猩影は気配を消すのをやめ、悪戯が成功した子供のようにくつりと笑う。
「てめっ……!」
「取ろうとしてるの、これ?」
いきなりなにをしやがる、と無闇にくっつくな、どちらかを叫ぼうとした鴆よりも先に、彼の長い腕がひょいとした造作で今まさに鴆が落としたそれをつまみ上げた。
「あ……」
それだ、と言いありがとう、と言えば驚かされたことに対する文句も言えない。
この確信犯が、とは胸の内。
大体ただ拾うだけならばこんな自身にぴたりと沿う必要などない。寧ろ彼が鴆より背も、腕もぐっと長いからこそ成し得たことである。嫌がらせか。
「鴆様ちっさいですよね」
「お前がでかいんだろ」
いいから早くそこを退け、と言おうとして、そして。
気付く気配。遅く。
「つーかてめーらそこでこそこそ何やってんだ? ぁあ?」

冷えきった絶対の畏れに二人は包まれた。




確かじゃなくても言葉が欲しいのだと/リクオと鴆


「本当?」
「ああ」
「ほんとーっに、本当?」
「そうだって言ってるだろ?」
しれっと白々しいまでにあっさりと答える彼は、早くしろとばかりに横目でボクの手元と顔とを視線で往復した。片手は既に筆を持って仕事に戻る姿勢で、本当にあとはボクがこれを飲み干すのを見届けるだけ、なのだろう。
「おら、何時までも持ってても治るモンは治らねーぞ」
「――苦くない、んだよね?」
「オレを誰だと思ってやがる」
その言葉、信じてもいいんだよね?
じとりと疑いをこめた視線を向けても、彼の人はとっくに意識を仕事に向けている。飲もうが飲むまいがどうでもいいというよりは、何時まで時間がかかろうがボクがこれを飲むまではどれだけ仕事があろうが要件が立て込もうがここを離れないと、そう言われているよう。
覚悟を決めたボクは湯呑になみなみ入った緑褐色のそれをグイッと一気に呷り――そして飲み込むと同時に、思い切り咽込んだ。
エグニガマズイ!! 今までに飲んだ中でも間違いなく三本の指に入る不味さに違いないのになんで不味くないなんて嘘ついたよね酷い酷い酷い!! 苦情も言葉にならない。
「お前が薬をちゃんと飲んでくれるなら、オレはウソツキにでも悪党にでもなんでもなってやるさ」
ああそうだよ君はそういう男だよ。
判っていて確証を求めたボクが馬鹿だった。
――でもさ。絶対。
(忠節もいいけど、なんかベクトル間違ってない?)




ここで朽ちる命と決めておりますゆえに/鴆


「さぁて」
十分に引き付けた敵勢を前に、鴆はにぃと笑みを浮かべた。背がざわつく。まるで闇に潜む無数の 生き物が獲物を狙っているかのような、静かな殺気。彼の役目は、最も効果的なタイミングでそれ を開放することだ。
己の命をも食らう毒を一気に開放すること。その意味はよく判っている。
それでも選んだ。主の為の道を。彼は最後まで反対したけれど、戦力は温存しろと告げたのは自分 自身である。
こみ上げる血を吐き捨てた。毒に染まったどす黒いそれを草履で踏みしめる。
「オレの大事な大将にゃあ、てめぇらじゃ役不足。この鴆、身命賭してこの道は進ませること相な らねぇ」
最後まで鴆の言葉を否定した主の顔を思い出した。
悪いな、と胸の内で呟き、鴆は背に潜むそれを一気に開放した。




あなたには取るに足らない出来事も私にとっては大事な思い出/二代目ぬらりひょんと先代鴆


「鴆よ邪魔するぜ」
彼の訪れは何時だって唐突だ。
「またですかい。いい加減アンタ、姐さんと仲直りしなさいよ」
呆れを隠さない口ぶりでそう言えば、黒髪がさらりと揺れた。
「烏天狗見てぇなこと言うんじゃねぇ」
顔を背けてむすっと口唇を尖らせた主は、どかりと縁側に座り込む。
己はその少し後ろに座った。
「そう言いますけどね、私だって毎回あんた達の喧嘩の仲裁もしてらんねぇんです。判ってねぇで しょうが、あんた今月で3度目。今年に入ってからでは16度目。結婚してからだと……」
指折り数えてやれば、くるりと振り返る顔が僅かに慌てている。
「待て待て。お前そりゃあ適当なこと言ってんな?」
「まさか。私がアンタに嘘なんか吐くわけねぇでしょうが」
肩を竦めて言ってやれば、月色の瞳がくるりと丸くなった。
「全部覚えてるってぇのか」
「当り前でしょう」
あんたとの思い出なんてどれも大切すぎて、現世に置いて行くなんてもったいない。
全部冥土に持って行ってやりますよ。
さっさと仲直りに帰った帰った、と神妙になった主を追い返し、そして咳き込んだ。




永遠は約束できないから一瞬をあげる/リク鴆



口唇を触れ合わせる。ただそれだけの行為が何故、愛情の表現となるのだろう。
判らない。だけど愛しい。
こみ上げる思いを堪えようとは思わなかった。衝動のままに顔を寄せる。
自分から口付けたことが余程予想外だったのか、何時もなら隙なく口角に浮かべた余裕を崩さない彼が自分が顔を離すまで、見開いた眼で己を凝視したままだった。
「好きだ」
冷たい指で滑らかな頬に触れる。そう言えば、この言葉も言ったことがなかった。
リクオの瞳が揺れ、じわりと滲む。
「一生、好きだ」
だけどオレの一生なんか春の瞬きのようにあっという間。
永遠を誓ったとて、到底それには及ばない。
だから、今だけ。愛を紡げるこの一瞬を。
オレの永遠をお前ただ一人に捧げてやる。