竹取り



捩眼山は奴良組最西端のシマということもあり、常の訪問者はそう多くはない。総会や出入りの報せが届いたり、或いは古くからの奴良組幹部が顔見せに時おり訪れる程度。それ以外の客は、敵襲か酔狂だ。
そんな酔狂な客の訪問に、牛鬼が気付いたのは腹心の嫌そうな報告を聞いてだった。
屋敷から随分離れた山に、あまり報告したくない訪問者がいる、としかめっ面の牛頭丸が告げるのに、牛鬼は立ちあがった。彼がこんな言い方をする相手は二人しかいない。
屋敷の外で気配から姿を探せば、およそ用の無さそうな鬱蒼とした竹藪の中で若き総大将を見付けた牛鬼である。獣道もない様な、この山をシマに抱える牛鬼からして普段は用がないので近寄らないような場所だ。
来たなら一言声を掛けて欲しいと言うのと、一体何の用で こんな、屋敷から離れた場所にいるのか。
二つの言葉を何と口にしようか、悩んでいれば悪戯事が見付かった童のように笑った鯉伴が先に口を開いた。
「牛鬼、この辺の竹、ちぃと切ってもいいかい?」
牛鬼の困惑の表情などまるで知らないような顔で、飄々と問うのだ。全く、この我が道を行く言動は父親と瓜二つだ。違いといえば、牛鬼が盃を交わした父親の方は自覚あっての傍若無人だったのに対し、周囲に甘やかされて育った息子の方は無意識でそれをやってのける、ということか。どちらがより性質が悪いのかの議論はさておき。
牛鬼は「構わないが、」と前置きして。
「かぐや姫でもお探しか」
そう、問い返した。するとその言葉にやおら鯉伴の眼が輝く。
「いるのかい?」
好奇心に満ちた瞳が牛鬼を見上げるが、それに首を振って答えた。
「百八十年ほど前に、貴方の父君がこの山を禿げ山にした時には居らんかった」
居たらその時に出てきただろう。
やや呆れ混じりとなった牛鬼の答えに鯉伴はぱちりと瞬きをした後、けらけらと笑い出した。
「なんだ、いねぇのかい。そりゃあ残念だ」
「それでも竹を切るのか?」
また禿げ山にされるのは、出来れば御免被りたい。雨を溜めるものがなくなれば山は簡単に地滑りを起こすため、竹が再び伸びるまで、雨の度に牛鬼組の妖怪が総出で対応に走り回った苦い記憶がある。幸い、竹なので成長は早かったが。
鯉伴は笑みを収めると、肩を竦めた。
「ああ。だが2、3本でいいんだ。オレは笹を取りに来ただけ なんでね」
そう告げられたのに、笹など一体何のためにと疑問を浮かべたが、答えは直ぐに見付かった。
「七夕か」
「そーそー。うちの周りには竹ねぇんだよ。で、親父が竹なら牛鬼の所に山ほどあるってさ」
そりゃ知ってるよなぁ。かぐや姫探したんなら。
笑み混じりで言いながら、鯉伴はこつこつと傍の竹を指の背で小突く。
「そっち倒すから、離れてくれ」
天高くまで聳える竹は太く、容易には倒れそうになかったが、鯉伴は事も無げ に腰の刀を一閃させた。
すっぱりと腰の辺りでその身を横に割った竹は、バサバサと枝葉を擦れさせながら牛鬼の傍へと倒れる。忠告をしてから牛鬼が避けるのを確認もせずに切り出したのには呆れたが、鯉伴にそれを求める事が無駄だというのもまた、長い付き合いで知っていたため、何も口には出さない。
更に鯉伴は周囲の竹を見回しながら、牛鬼に言う。
「丁度いい。牛鬼、ちぃとこいつを運んでくれよ」
まるで牛鬼が一人でそれを持てるとでも思っているような口ぶりでそれを言ったのだが、牛鬼はその意味を考えるのは止めて、側近を呼んだ。妖怪は強い。妖怪は何でも出来る。と、彼に教えたのは父親だろうが、幾ら牛鬼でも己の身の丈のおよそ3倍は優に越える、目方といえばそれ以上差があるに違いない竹など引き摺ってでも持ち運べない。
牛鬼の合図に、すぐに現れたのは馬頭丸である。
「竹を運ぶ手を集めてくれ。もう、2、3本増えるそうだ」
「はぁい。牛鬼様、それ何に使うんですか?」
「七夕飾りだ」
簡素に告げれば、骨の下の瞳がきらりと輝いた。
「あーそれ知ってる! お素麺食べる日のやつだ!」
嬉しそうに言って、手元の傀儡糸を引き寄せた。
「こぉんなの、根来がちょちょいで運んじゃうよ」
「ははっ、頼もしいな。じゃあこっちの奴も頼むな」
鯉伴の笑い声に重なるように、大きな音を立てて竹が倒れる。馬頭丸は快活に返事をすると、手元の傀儡糸を操った。
「ご褒美はこいつだ」
「あ、短冊!」
馬頭丸は一層嬉しそうに言うと、のそりと現れた根来を操りながらそれを受け取った。短冊を両手に持ってわぁいと歓声を上げるのは子供の特権である。
長方形の紙を懐から取り出した鯉伴は、それを牛鬼にも手渡す。
「1枚でいいか?」
「オレは要らん」
「そう言うなって。行事モンだろ、固ぇ事言うなよ」
妖怪になって千年。今更星に願うことなど何もないのに、鯉伴は受けとれと言って聞かない。
「ほら、色々あるじゃねぇか。良縁に恵まれますように、とか……あんたはもう関係ねぇか。親父がいるもんな」
「……馬鹿なことを」
口の中で苦言を吐き、竹を運ぶ根来とその肩に乗った馬頭丸に続いて歩く鯉伴の後を追った。
短冊ごときに祈る願いなどない。
自身で欲すれば手を伸ばし、届かぬものならば諦める。それでいい。分不相応なものを欲しがる子供の時代はもう終わったのだと、牛鬼は知っている。
童のような表情で先を歩く若き妖怪の主の後ろで揺れる髪を見やりながら。

「迷惑な総大将がいい加減分別をつけ、大人になりますようにとでも、書けばいいのか?」
「ハハッ、性格悪いぜ」

どちらが、とは言わなかった。




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鯉伴と七夕(アップ遅れてるとかつっこんだら負け)。
牛鬼をからかう鯉伴(自分的にテッパン)。
馬頭丸書いたの2年ぶり(子供キャラ難しい)。
実はこんなことしてる場合じゃない(切実に)。