近くて遠い



 新しいもの。面白いもの。
 そうしたものが好きなのだ。
「いいもんやるよ」
 そんなことを言われたって、大概ろくでもない。自分よりも随分と年上のはずの彼は、時にそこいらの悪童かと言いたくなるような、例えば掌一杯のびい玉だったり、かと思えば入手先を知るのが恐ろしくなるような、値など到底つけられぬきらびやかな羽飾りや宝玉のついた簪を持ってきたりするのだ。どうせなら高価でなくていいから相手が喜ぶものを持ってこいと、説教したのは一度や二度の話ではない。
 だというのに、手を出せと言われて従ってしまったのは、親の交わした盃に縛られた義兄弟の鎖ゆえだ。彼の邪気のない我侭を、「仕方がない」で許してしまうこの性格が、息子にも伝染していなければいいとだけ思う。
「怖いですねぇ」
 せめて今回は生き物でなければいいと願いながら、鴆はそろりと薬や毒に荒れた掌を差し出した。
 その手に乗せられたのは、黒く小さな塊。無機の冷たく硬い感触に、それが妖かしの世界にない、浮き世のものであると知る。
「これは?」
「携帯電話ってぇんだ。これさえありゃあよう、鴆」
 とっておきの秘密基地を見つけた子供のように主は楽しそうに笑い、そこにいなと言い置いてからひと飛びで十歩分ほど離れた。そこからひらりと手を振り、身振りで先程鴆に渡したケイタイデンワを耳に押し当てるよう伝える。
 なんなんだと思いながらも耳に押し当てれば、「聞こえるだろう?」と十歩先にいるはずの鯉伴の声がそこから聞こえてきた。思わず耳からそれを遠ざけ、主と手元を見比べる。これはどうやら、そういう機械らしい。今までにも中に入れるだけで食べ物が温かくなるデンシレンジや、冷たい風が流れるエアコンなどを体験させられてきたおかげで機械というものに全く触れてこなかったわけではなかった。ただ、自分には合わないと思い、取り入れることをしなかっただけで。
『おいおい、耳から離しちゃあ聞こえんよ』
 やや離れた位置から、主の得意気な声。面白がっているのがありと判る。どうだ凄いだろうと、言わんばかりで。
 鴆は主を見据えたまま、肩を竦めた。
「聞こえますとも」
 あんたの声なら、例え一里先にいたって聞こえるに決まってる。
 離れた場所で、携帯が上手く音を拾ったのか、はたまた鴆の口唇を読んだのかは兎も角、鯉伴はそれを聞いて苦笑を浮かべた。平然と言ってのける鴆に、他意がないのは知っている。
 ぷつりと音を立てて手の内の塊が音を途絶えさせた。鯉伴が再び傍へと戻ってくる。その顔がやや詰まらなさそうに色を変えているのは、やはり今しがたの鴆の反応がお気に召さなかったということなのだろう。
「驚いちゃあくれねぇのか」
「浮き世のもんはなんだって摩訶不思議でさ。要はこれもあの電話の一種なんでしょう? あン時にさんざっぱら驚かされましたからねぇ。どうせなら息子に試しゃあよかったのに。大泣きしてくれたでしょうよ」
 鴆が言ったのは、自身が幼い頃にこの主が大々的に行った屋敷の改修工事だ。ジリンジリンと鳴る黒い取っ手から、本家にいるはずの彼の声がして、吃驚して思わず泣いてしまったことも、泣かせた事実に親父が討ち入りとばかりに本家に乗り込んだことも、記憶がいいのが取り柄な自分はすべて覚えている。
 あれが少しばかり小さくなっただけだ。何が目新しいものか。
 そう、眼で告げた鴆である。鯉伴はがっくりと肩を落とした。
「お前さん携帯電話がどんだけ画期的なもんか判っちゃあねぇな」
「便利なんじゃあないですかい? これだけちいさけりゃあ袂に入れられますからね」
 そうじゃない。そうじゃねぇんだ。
 そうぼやいて溜め息を吐いた鯉伴は、理屈を知らぬものに道理を教える困難さに頭を抱えたという。

 一方その頃。
「どうじゃ牛鬼! 凄かろう?」
『生憎ですが、我が牛鬼組主要幹部は既に各自携帯電話を所持しております。メールも出来ますからなにかあれば何時でもお声掛けを』
「――めぇる? なんじゃそれは食えるのか?」
 ハイテクに興味を持った古参幹部ほど可愛くないものはない、と後にぬらりひょんは悔しそうに語ったという。

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携帯が出だした当初はメールなんてなかった。よってある程度流通してからの話だと思われます。リクオ生まれてるか微妙だな。
パパ鴆は固定電話には電話線が必要での説明から始めなければいけません。最終的に「充電とか面倒じゃあねぇですか?私は今まで通り、屋敷の電話で十分です」とか言う。いや固定電話もコンセントで電源を以下略。電力なんて眼に見えないものが判りますかい。
然し先代は固定電話なら使いそうですが今の鴆は固定電話さえ使わなさそうです。――退行?