手料理ノ ススメ

アニメのネタバレを含みます。2期17話ネタ。ノリと勢い重視



 思えば激しい特訓に体力も精神力も削られ、足元も覚束無い様子で帰ってきたリクオは「お帰り。飯出来てっぞ」と声をかけた自分を見上げ、そして暫くの沈黙の後に「ああ」と返事した。鴆はそれを疲れて機敏な応答が出来なくなっているからだと思ったが、それ以上の意味のある【間】だったのだろうか。
さっきから一度も眼が合わない義兄弟に、鴆はもどかしい気持ちで茶碗に雑炊をよそった。
「ほらリクオ」
「ああ」
 中身が熱い茶碗を差し出しても、やはりリクオの眼はぎりぎり手元の茶碗を見るだけで鴆を見上げようとしない。作ったものを食べる側としてその態度は如何なものなのか。突発的に腹が立って一瞬差し出した茶碗を引っ込めてやろうかとさえ思ったが、リクオは疲れているはずで、流石にそれはどうかと思い辛うじて留まった。
 横目で窺うリクオは黙々と茶碗の中身を掻き込んでいる。その様子に、どうやら食べられぬ味に仕上がってはいないと安心したが、やはりその事に関してもリクオからは何の言葉もない。やけくそのように自身も同じように雑炊を啜る。味は、悪くない。当然だ。料理なんていうものは、決められた分量通りに作ればまず間違えない。
「おい馬鹿鳥おかわり!」
「ボクもぉ!」
「だぁうっせえ! てめぇらは黙ってろ!」
 だんまりのリクオの逆隣から遠慮の欠片もなく突き出された二つの茶碗。反射的に怒鳴り返せば、牛頭丸と馬頭丸は突然声をあらげた鴆に、揃って口唇を尖らせた。
「なんだよ馬鹿鳥、いいからおかわり寄越せよ!」
「そーだよ! ボク達ここの準備で体力使ったから、いーっぱいお腹空いてるんだぞっ」

 口々に騒ぐ声が喧しく、鴆は額に青筋を浮かせたまま、二人の茶碗を引ったくり、杓子でなみなみ盛り付けて突き返した。その間もリクオは何も言わず、ただ下を向いたまま黙々と食べ続けるばかりである。
「なぁ、牛鬼の特訓ってのはどうなんだよリクオ。怪我の様子からすると随分と激しそうじゃあねぇか」
 このままでは無言の間に食事が終わりそうで、それはと思った鴆は自分から話しかける。
「……土蜘蛛に勝つための刃、それを手に入れなきゃなんねぇ……」
 漸く帰ってきた反応に、鴆はお、と眼を見張った。だが微妙に噛み合っていない。
「どうすれば土蜘蛛に届く? どうすれば……」
「おいリクオ」
 鴆の呼び掛けに、だがリクオは応えることなく空になった茶碗を睨み続けている。聞こえない距離ではない。聞こえて尚、無視しているのだ。
「リクオ、」
 馬頭丸がそんなリクオに口を開きかけたが、それよりも鴆の額の青筋が音を立ててぶちギレる方が早かった。
「おい、なんでこっち見ねーんだよっ」
 怒鳴り、隣の胸ぐらをわしづかんだ。自分の空にした茶碗が転がり、僅かに残っていた水分が古い木目に染みを作ったが到底構ってなどいられない。隣で二人がこそこそと茶碗と自身を避難させている。
「さっきからいっぺんもオレの方を見やしねぇ。何のつもりだ。オレが不満だってぇのかよっ!」
 強引に眼を合わせたリクオは、呆然とした顔で鴆を見て、そして。カッと眉をつり上げると、鴆の腕を払った。そして今度は自分から。伸ばした手で鴆の手首を掴み持ち上げる。
「見たら押し倒したくなるからに決まってんだろ!」
 手を引かれ、至近にまで詰め寄らされた鴆の、その衿元をリクオは凝視している。
「こんなフリルがついた割烹着なんか着やがってなんのつもりだ鴆。このタイミングでそんなプレイ出来るわけねーだろ!」
「なっ……何言ってんだよお前……」
 リクオの発言に鴆は首をかしげる。背中で「おい馬鹿鳥、オレ達牛鬼様んとこ行くぞ」と牛頭丸の呆れ切った声。だが何に呆れているのかさえ、鴆には判らなかった。
 正面のリクオは、一度開いた口は今まで我慢していた言葉を全て吐き出すかのように。
「誘ってんならもっと違うときにやれっつってんだよ! クソッ、押し倒してぇのに身体がガタガタで言うこと聞きやしねぇどう責任とるつもりだァア?」
「知るかバカモン! 意味判んねーけど、それとこっち見ねぇのは関係あんのかよ」
 押し倒す、と言われて閨の事だと漸く察した鴆の頬が、怒りとは別の赤に染まる。こんな、牛鬼の特訓中に言い出すことかと視界が眩んだ。
「その格好が新婚プレイのお誘いじゃなきゃあ、逆になんのつもりだ鴆よ」
「料理作るときにはこいつを着るのがとーぜんだろーが」
 割烹着の襟首を掴まれ、凄まれる。振り払おうにもリクオは全身傷だらけで、怪我人に手荒な真似はできない薬師としての誇りがその手を阻む。
 リクオの言動の理由にこの割烹着があるらしいが、料理をするならこういうものを着るのが当り前だ。鴆は一家の頭首であるため料理をする機会など殆どないが、そう言って牛鬼の側近が持ってきたものだから間違いがあるわけがない。それに何故こうも執拗にリクオがこだわっているのか。鴆に判るべくもなかった。
「クソッもう見ちまったからにはどうなっても知らねぇからな……」
 低く唸るリクオに、よく判らないなりに身の危の感じた鴆だったが、既に抗うこと叶わず。
「おまえよくそんな体力のこ、あオイ! リクオッ!」


 翌朝、牛頭丸達が帰ってきた時には部屋の小窓は開け放たれ、早朝から真っ赤な顔で洗濯に勤しむ鳥の姿が目撃されたそうだ。



***
例のアレ見た直後に書いたやつ。上げんの忘れてた。
割烹着にフリルがどれだけの殺傷力を持っているか判ってない鴆と、それどころじゃないから飯食って誤魔化してたけど余りに嫁が可愛すぎて理性パーンしちゃったリクオの話。