風味「絶」妙 素敵色チョコレート



※先代’s+小鴆とリク鴆の話



「さぁ鴆、チョコレートを寄越しな!」
 そんな台詞と共に現れた奴良組二代目総大将の姿に、薬師組の頭首は腕組みをしたまま溜め息を吐いた。
「アンタは何時から追い剥ぎに職をお変えになさったんで?」
「それも楽しそうだが今はよしとくとするさ。さぁさぁ、今日は愛する相手にチョコを贈る日だぜ? 遠慮なくオレにチョコをくれるといい」
 上機嫌な鯉伴に、呆れ半分の鴆。バレンタインというこの日に鯉伴は鴆からチョコレートをもらえることを、信じて疑っていない。それを茶化すでもなく。
「まぁ強気なこと」
 そういいながら、鴆の眼はちらりと両手に下げた大きな袋へと向いている。山盛りの、包装紙に包まれていたり、或いはむき出しだったりするチョコレートは今日の戦利品だ。あれだけ集めて未だ足りないというのか。
 きっと素面で足りぬというのだろう。生まれた時より多くの妖怪らに囲まれ育ってきた彼は、寂しがりの甘えたがりだ。
 ここ数年間の行動からしてきっと来るだろうと、予感ではなく確信を抱いていた鴆である。無論この日のための準備は抜かりない。少し待つようにと告げ、一旦厨に向かった彼は、数分と待たせず盆に茶褐色の塊を幾つも載せて再び主の前へと姿を現した。
「お好きなだけどうぞ」
 差し出した盆の上、鯉伴は遠慮無に手を伸ばしてそこに乗る一欠片を手に取り口にほうった。
 だが、口に含んだ時点で軽く眉を寄せる。そして奥の歯で咀嚼した瞬間、何とも言えない表情を浮かべて動きを止めた。
「――苦ッ! てぇかエグイ! なんだこれ毒入りかっ?」
 吐くに吐けず、かといって飲み込むのも恐ろしい。
 口の中をもごつかせる鯉伴に、鴆はしれっとした顔で答えた。
「毒なら無味無臭の最高の奴を持ってるんで必要ねぇんでね。これはカカオ95%配合の、まごうことなきチョコレートですぜ。我が主が肥満にならないよう、砂糖は控えめにしてみました」
「おっ……前、可愛くねぇなぁ」
 毒ではないといわれたので何とか飲み込むが、寄った眉根はそうそう戻りそうにない。今食べたのは果たしてチョコレートとして分類してよいものだっただろうか。甘さの欠片もなく、ただ口の中で蕩けることもない、まるでゴムを練ったかのような食感と、頬の粘膜が萎縮しそうなえぐみはとても『美味しい』からは程遠い。
 こんなものをチョコレートと言って寄越す鴆だ。甘い甘いイベントのはずが、この苦さは一体なんだろう。
 してやったり、と一方の鴆はにやぁと口角をつり上げた。昨年チョコを用意しなかったのを散々ごねられ、拗ねられた記憶は未だ新しい。今年はどうしてやろうかと年明けから考えていたのだ。この瞬間を楽しみに生を引き延ばしてきたと言ってもいい。
「アンタにどう思われようと痛くもかゆくも。私の愛が濃縮された結果だと思いなせぇ」
 うぬぬと唸る鯉伴は、目の前の相手では分が悪いとばかりにその足元で固まっている雛に視線を移した。
「おう鴆坊、お前さんの親父ときたら、まぁ性格悪ぃぜ」
「あ、すいま、せん」
「謝らんでいいよ。謝ったら認めたってことじゃあねぇかい」
 何を今さら。鯉伴はひらりと手を振った。
「事実だろう? ま、いいや。鴆坊はチョコを用意したかい?」
「……ない、と思います。なんで?」
「そっか。鴆坊はまだバレンタインをしらねぇのか」
 チョコレートって甘い菓子をな、好きな奴にあげる日なのさ。
 鯉伴の言葉に、雛は首を傾げた。彼の言葉を噛み砕くよう、ゆっくりとまばたきをして。
 愛らしい子供の仕草に、鯉伴は口中のえぐみを中和させたようだ。漸く笑みらしいものを見せて。
「よし。じゃあオレがこれを鴆坊にやろう。で、お前さんはいっとう好きな奴にそれをあげてきな」
 そっと伸ばした手で、柔らかな髪を撫でる。
「判るな、鴆坊。お前さんがいっとう大事で、いっとう大切に思う相手だぜ?」
「誰でもいいんですか?」
「ああ」
 顔を上げた少年は、父親を見上げた。
 お、と大人二人が瞠目した。その前で。
「じゃあ、リクオに」
 と告げたものだから、目の前の男は破顔し、父親の方は苦いものを噛み潰したように口元を歪めて溜め息を吐く。
「そりゃあいい!」
「よかねぇですよ……たく、親子揃ってたらし上手で」
 何かいけないことを言ったのかと少年は慌てたのだが、父親の義兄弟は嬉しそうで、一応彼が自分達の主なのだからまぁいいかと思うことにした。

「なぁんてことがあったらしいんだが、鴆」
 二人きりの部屋。雪が全ての音を飲み込んだ夜。
 ひっそりと、内緒話をするように耳元でそう話すリクオに、擽ったさに首を竦めた鴆だ。そうしてから、今しがたつえられた過去を探るべく記憶を遡って。
 何せ古い記憶である。そんな些事を思い出すのは容易ではない。
「……あったような気もするなぁ」
 暫くしてから帰ってきたその答えに、リクオは剣呑に眉をしかめた。
「オレ、もらってねぇんだが」
 あれ? と今度はくるりと眼を丸くした鴆だ。
 そんなわけはない。ちゃんと自分は、
「……そういや、」
 紐ほどいた過去が目の前に蘇る。
『ははっ、親子揃って鴆の血に好かれるたぁ光栄だねぇ』
 判った。じゃあこれはオレがリクオに渡しといてやるな。
「鯉伴様に預けたんだぜ?」
 幼い鴆は、一人で本家になど行けず、父親は既においそれと用もなく本家に出向ける身体ではなかった。そこで鯉伴に貰ったチョコではあったが、本人に預けたのだ。
 鴆がそう主張したのに対し、一転して顔色を変えたのはリクオ。
「ああ、じゃあそれじじいの腹ん中だ……」
 まだ物心がつくか否かの時だ。覚えているのは悲痛と言える絶叫。

『あーっっ! 親父何食ってんでぃっっ』
『フン、こんな所に置いてる方が悪いわ』
『ッソ! テメェもう許さねぇっテメェが貰った牛鬼からのチョコ寄越しやがれっ』
『ワシは好物は一番に食う派じゃ。残念じゃったのう』
『今年もかよチクショーッッ』

「よし、じじい殺す」
「待て待て待て待て!」
 父親のチョコを食い漁る祖父の、その姿まで記憶に残らなかったのは幸いか。然し信じられない事実は、鴆が生まれて初めてあげようとしたバレンタインのチョコを食べたのはよりにもよって自分の祖父だったという事実。
 殺気立つリクオを、慌てて肩を抑えて宥めにかかる鴆である。過去はもう変えることは叶わないのだし、なんと言っても相手はぬらりひょん。今でこそリクオが代紋を譲られているが、ついこの間まで奴良組の組長だった相手である。刃傷沙汰はまずい所ではない。
 ぎりぎりで布団に押し留めるのに成功した鴆は、枕元の小箱を引き寄せた。
「取り敢えず、これは食われちまわねえようにここで食って帰れよ」
「……おう」
 ここで食べてしまうのは惜しいが、祖父に獲られるよりはましである。そう判断したリクオは、素直にその箱を開けた。
「……ッ!?」
 抹茶チョコとおぼしきそれを、口に入れたリクオが過去のデジャヴのように悶絶したのはその直後。
 違った点はと言えば、鴆の父親は確信犯であったのに対し、その子供は天然だったという点だろうか。
 冬虫夏草配合薬鴆堂特製チョコレートは店頭で飛ぶように売れたが、その後購入者が味覚障害を引き起こす恐れがあるとして即座に回収されたそうだ。




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まとまり悪いにも程があるんですが、書き直してたらホワイトデーきそうなんでもういいやと投下。
書きたいものは全部書いた。
鯉伴と鴆、リク鴆に鯉伴とじっさまの親子喧嘩……灰猫の好きなの全部乗せです。

TETLE by Fortune Fate