閑話休題-接近禁止



※ネタです。ノリと勢いです。

 鴆が卵を産んだ。

 原因は、リクオ、らしい。鴆がリクオ以外と子が出来るような行為をしてるわけがないので当り前だ。リクオもその一点は疑っていない。鴆が卵を産んだならそれは己の子であると自信を持って言える。どれが当たったかなど思い返しきれないほど心当たりならある。
 だが。
 【こう】なることは欠片たりとも想像していなかった。卵が、ではない。
「――実は言ってなかったんだが」
 部屋の隅で、あからさまにこちらを警戒しながら、鴆は言った。
「鴆ってぇ種族は知っての通り身喰いの毒持ちで、鴆以外の女が孕みゃあ十中八九子を産むと同時に母体は死ぬ」
 子の毒に母親が耐えられぬのだ。同じ鴆でも、男と女であまりに妖力に差がある時も同様である。
 だが、それではただでさえ短命な種族である、早期の絶滅は眼に見えている。種、人で言う所の遺伝子というものはそれを遺すために時として意外な手段に出るのだ。
「鴆は、雌雄問わずある一定を越える妖気を持っていりゃあ、自分より強い奴の妖気を取り込んで、それを蓄える事が出来る。蓄えた妖気は己の妖気と混ぜ合わせて、次の鴆になる。――らしい。いや、オレも知らなかったんだけどよ……」
 ぼそぼそと過去の文献にあった事例をいう鴆は涙眼だ。何でこんなことに、と困惑と焦りを体現したかのような表情全体で告げている。その腕にはたった一つの、輝かんばかりに白い真珠のような卵を抱いて。
 背では具象化した翼。鴆自身と卵を守るよう、背から前へとふわりと回された、その毒の障壁は並大抵の妖怪ならば腕の中のものに触れるどころか、近寄る事も叶わない。
 それは、いい。別にいい。男の鴆が子を産んだという、本来ならもっと驚いてもいい事態ではあるが、鴆とともにいる限り他の女に眼を向けることなど有り得ないリクオにとっても、子だっていれば奴良組の後継ぎになるので大歓迎だ。生まれる子が毒持ちだの短命だのぐだぐだ言う奴は全員破門にしてでも守りぬいて見せよう。そのくらいの強い意志がなければ鴆を抱くなど初めから考えなかった。
 否、いいのだ。問題はそこではない。
 リクオは深く息を吐いた。何とか上辺だけでも取り繕っておかねば、混乱と焦燥で何を口走るか判らない。
「お前の子ならそりゃあ確実にオレの子だ。お前が産んだってぇならそれで構わねえよ。ああ構わねぇ。幾らでも産みゃあいいさ」
 だがよぉ、鴆。
 嘆息交じりの声に、鴆の肩が震える。ぎゅ、と。腕の中の真っ白な卵を庇うようにその身の内に抱く、その姿には既に母性が滲み出ていた。
 リクオは頭をがしがし掻いて、ついに堪らず叫んだ。
「なんで、オレがソッチ行ったら羽が飛んでくるんだァアッ!?」
 オレァ父親だろーがなんで羽飛ぶんだよその毒羽がよぉっっ!
 びりびりと障子が震え、その手前の鴆はヒッと咽喉を鳴らして肩を竦めた。
 さっきから似たようなやり取り、一進一退を繰り返して、かれこれ半刻は経っている。いい加減我慢も限界だった。
 部屋の中央にいた鴆はじりじりと壁際にずり下がり、それと同様にじりじり部屋の中央にまで近付いたリクオは、そこで焦れる身体を何とか留める状態だ。これ以上近付けばあの猛毒の羽が一斉にリクオを襲う。妖力の差ゆえに多少食らった所で死にはしないが、リクオに僅かなりとも傷つけたとあらば鴆の方が死ぬ。じれんまに歯噛みする他ない。
「しっ……仕方ねぇだろ! 鴆は…っ、子が出来にくい種だから産んだ卵はぜってぇに孵さなきゃなんねぇって、本能で決まってんだよ!」
 然し鴆とて涙眼だ。リクオが望むのに手を差し出す事が出来ない。リクオが求めるのに、応えられない。
 半径三メートル。それがぎりぎりなのだと。
 それ以上一歩たりとも近寄れば、酒に浸すだけで人の五臓六腑を焼く毒を有した羽が無数に飛んでくる。フルオートで、だ。そこには鴆自身の意思も介せないのだという。
 震える翼の隙間からリクオを見上げる鴆。眼の端に水分を湛えながらも、湧きだす妖気は殺気に満ちていて、肩が震えているのは戦闘に緊張しているから、なのである。さながら仔を産んだ直後の猫だ。自分と我が子以外は全て敵なのだ。そう、我が子の片親でさえも。
 手を伸ばせば羽が飛び、畏れを発動して近付こうとしても無数の羽毛が鴆を包み、近寄る事が出来ない。
 とんだ絶対防御である。
 子供を産む前からこれくらいの警戒心があったなら。
 そんな事を思い、同時にやきもきさせ続けられてきた過去を思い出し、ふと遠い眼をしたリクオだ。
「すまねぇリクオ……オレだってまさかこんなことになるなんざ思ってもみなかったんだ。だが三日前からこの様よ。テメェでなんとかしてぇんだが、どうにもならねぇ……」
 羽の内側で、ぼそぼそと鴆が嘆くように言った。その声音が、あまりにも哀れで、これ以上責めてやると思いつめた鴆が何をしでかすか判らない。こんな事で泣きそうになっているのは、子を産んだ直後で情緒が安定していないせいもあるのだろう。
 一方的に怒鳴るのは、弱い者いじめのような話だ。リクオは数度深く呼吸をした。
「――で、何時孵るんだそれは」
 深い息と数秒の間でいくばかの落ち着きを取り戻し、漸く手を引っ込めたリクオだ。これ以上のこの場での押し問答は無意味だし、状況だけを見るとまるで自分が悪者だ。
 何れにせよ鳥の卵の外見を持つ卵だ。人のように十月十日も鴆の腕を独り占めはすまい。それまでは鴆に触れられないのかと、思えば胸中をもどかしさが駆け巡るが、精々十日程度のものであればなんとか我慢出来よう。
 そう、己に折り合いをつけての言葉である。
 羽の隙間からこちらを窺う上目遣いの鴆。口元が引き攣っている。
「さんかげつ、くれぇ……」

 瞬間、部屋全体を覆い尽くすほどに吹きあがった畏れの塊に、鴆の周囲に毒羽が舞った。

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前があるわけでも後があるわけでもない完全なる突発。孵化させるのが目的ではないので。フーッ!!てなる鴆が見たかっただけ。
hさまと3月にお話ししてたネタ、だと思う。こんな感じだったと思う。